烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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備中浅尾藩蒔田家の墓

 駒込の勝林で田沼意次の墓へお参りした際、近くに「華族蒔田家歴世之墓」と刻まれた墓石があり、おそらく大名クラスの墓であろうと思い後で調べてみました。
 蒔田家は、現在の岡山県総社市にあった備中浅尾藩の藩主です。初代藩主、蒔田広定は、豊臣秀吉の小姓頭を務めていた伊勢雲出1万石の大名でしたが、関ヶ原の戦いで西軍に属していたため改易となります。その後、浅野長政らの働きかけで罪を許され、備中浅尾に1万石の領地を与えられて浅尾藩を立藩しています。
 広定の跡を継いだ二代定正は、父の遺言により3000石を弟の長広に分与したため、大名では亡くなり8316石の旗本となっています。以降、蒔田家は寄合旗本として浅尾を治めてきましたが、幕末の最後の藩主、蒔田広孝は江戸市中警備の功績により、再び1万石の大名に復活しています。広孝は明治以降、子爵に叙され、初代総社町長などを歴任しています。

華族蒔田家歴世の墓
華族蒔田家歴世の墓

備中浅尾藩初代 蒔田広定の墓
蒔田広定の墓

豊島区駒込7-4-14
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