烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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本因坊秀策・秀甫対局の地 靖国神社

 14世本因坊秀和の跡目で棋聖と称えられた本因坊秀策と、明治時代に入り方円社を設立し18世本因坊となった村瀬彌吉(秀甫)は兄弟弟子で、坊門の竜虎、碁界の圭玉と称されました。二人の対局の棋譜が多く残されています。



 本因坊秀甫全集には安政6年2月17日(1859)に富永孫六郎邸で対局した棋譜が紹介されています。秀策31歳。彌吉22歳の頃です。(彌吉は翌年秀甫と改名します。)



 富永孫六郎は旗本で使番衆千三百石。安井門の初段で当時の旗本の中では強豪として知られていました。屋敷は江戸四番町(現在の靖国神社境内)にあり当時の切絵図を見ると富士見坂沿いにあった事が分かります。



 いつもの通り、現代の地図と照合してみると靖国神社境内にある靖国会館の辺りが、その場所であることが分かりました。



 ちなみに、この時の対局は四目半で秀甫が勝っています。



                       



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「東都番町大絵図」(安政5年)に記された富永孫六郎邸



                    



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江戸時代からある富士見坂。右の塀が靖国神社



                     



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富永孫六郎邸跡に建っている靖国会館



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