烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

宿屋光則の屋敷跡 光則寺

 鎌倉大仏の近くにある光則寺は、鎌倉幕府第五代執権・北条時頼の重臣・宿屋左衛門尉光則の屋敷跡に建てられた寺院です。
 日蓮宗を興した日蓮は、文応元年(1260)に『立正安国論』を書き著し、当時寺社奉行であった宿屋を通じて北条時頼に建白されます。
 しかし、『立正安国論』には浄土教を批判した内容があり、信者が多い幕府への批判と受け取られ、日蓮は佐渡への流刑となり、弟子の日朗は宿屋光則に身柄を預けられ屋敷内の土牢に幽閉されます。
 しかし、宿屋は次第に日蓮の教えに帰依し、日蓮が許されると日朗を開山とし自分の屋敷の土地に寺を建立します。それが光則寺です。

光則寺山門
光則寺山門

関谷光則屋敷跡の碑
関谷光則屋敷跡の碑

本堂
本堂

日朗上人土の牢
日朗上人土の牢

関谷光則の墓
関谷光則の墓
スポンサーサイト

| 鎌倉時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。