烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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鎌倉大仏 高徳院

 先日、久しぶりに鎌倉を訪れました。鎌倉観光の定番中の定番、鎌倉大仏がある高徳院へ行ってみました。3月まで保存修理のために大仏を拝むことは出来ませんが、取材はその少し前に行っています。
 鎌倉市長谷にある高徳院は、浄土宗の寺院で、正式には「大異山高徳院清浄泉寺」と言います。本尊の阿弥陀如来像は「鎌倉大仏」「長谷の大仏」として知られ国宝に指定。境内一帯は「鎌倉大仏殿跡」の名称で平成16年に国の史跡に指定されています。

 高徳院の仁王門は、18世紀初めに建立されたもので、別の場所にあったものが、安置されている仁王像と共に移築されたと考えられています。
 仁王像は新しく見えますが、修復作業により昔の姿を取り戻したそうです。

高徳殿仁王門
高徳殿仁王門

 鎌倉大仏は、「吾妻鏡」によると、暦仁元年(1238)に工事が始まり、寛元元年(1243)に完成。当初は木製の大仏だったそうです。
 しかし、宝治元年(1247)に台風により倒壊し、その後、再建されたのが現在の青銅製の大仏です。ただ、建長4年(1252)に大仏の鋳造が開始された記録はあるものの、いつ完成したのかは分かっていないそうです。

鎌倉大仏
鎌倉大仏

 大仏は元々、大仏殿の中に建立されていましたが、建武元年(1334)および応安2年(1369)の大風と明応7年(1498)の大地震による津波で倒壊し、以来、現在のような露座の大仏となったそうです。
 大仏の周囲には当時の礎石が配置され、かつての様子を偲ぶことが出来ました。

大仏殿の礎石
大仏殿の礎石

 鎌倉大仏は、源頼朝の侍女だった稲多野局が発起し建立されたと伝わっています。最初に大仏建立を考えたのは頼朝で、その遺志を稲多野局が継いだとも言われています。その稲多局の笠塔婆が大仏の後方に建てられていました。

稲多局の笠塔婆
稲多局の笠塔婆

高徳院案内板
高徳院案内板

神奈川県鎌倉市長谷4丁目2−28
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