烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大龍寺 正岡子規の墓

 田端の大龍寺は創建時期は明らかではありませんが、慶長年間に不動院浄仙寺が荒廃していたのを、天明年間になって、湯島霊雲寺の観鏡光顕が中興して「大龍寺」と改称したと伝えられています。
 大龍寺には著名人の墓が多くありますが、特に俳人・正岡子規の墓がある事から、別名子規寺とも呼ばれています。

大龍寺山門
大龍寺山門

大龍寺本堂
大龍寺本堂

 正岡子規は野球好きで、ベースボールを「野球」と名付けた人物とも言われていますが、無類の碁好きでもあったと言われています。
 子規は結核を患い、晩年は根岸の子規庵で療養生活を送りますが、敷きっぱなしの寝床で門人と碁を打ったり、詰碁をしていたそうで、碁に関する句も多く残しています。

 下手の碁や四隅かためる日永哉
 勝ちそうになりて栗剥く暇かな
 碁にまけて厠に行けば月夜かな
 昼人なし碁盤に桐の影動く
 真中に碁盤据えたる毛布かな

正岡子規の墓。右は母八重の墓
正岡子規の墓。右は母八重の墓

 墓の横にある「子規碑」は、最初、昭和9年、33回忌の時に建立され、平成11年に新しく建替えされています。生前自ら選んだ墓碑銘で子規の真筆を写真製版で再現したそうです。

子規碑
子規碑

【関連記事】 正岡子規終焉の地 子規庵

北区田端4-18-4
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