烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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板谷波山旧居跡周辺

 田端のポプラ坂を上ってポプラ倶楽部跡である田端保育園のある交差点を右折してすぐの所に案内板が建てられていますが、ここは陶芸家、板谷波山の旧居跡だそうです。
 板谷波山は明治36年にこの地に居を構え、生活費にも窮する中、1年3ヶ月かけて窯を築きます。数々の名作を生み出したこの窯は、夫婦で苦労して築いたことから「夫婦窯」と呼ばれていたそうです。
 昭和20年の空襲で住居や工房は全焼し、一時、故郷の茨城県に疎開しますが、戦後再び戻り終生ここで暮らしています。
 波山は独自のうわぐすりによる技法を生み出し、その作風は細密で格調高く、陶芸家を職人という立場から芸術家の地位にまで高めたと言われます。その功績により陶芸家としては初のて文化勲章を受章しています。
 この他、板谷波山の旧居跡周辺には、版画家の山本鼎や画家の倉田白羊など多くの芸術家も暮らしていました。

板谷波山旧居跡
板谷波山旧居跡

現地説明板
現地説明板

田端3ー24
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