烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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ポプラ倶楽部とポプラ坂

 画家の小杉放庵の旧居跡である「田端区民センター」から、竹久夢二、岡倉天心の旧居跡を眺めながら田端3丁目にある田端保育園へやってきました。田端保育園に通じる坂は「ポプラ坂」と呼ばれています。
 田端保育園は小杉放庵が明治41年ごろに作ったテニスコートで、田端に住む洋画家の社交場であった「ポプラ倶楽部」の跡地です。その前の坂も「ポプラ倶楽部」にちなみ「ポプラ坂」と呼ばれるようになったそうです。
 「ポプラ倶楽部」は当時としては本格的なテニスコート2面とクラブハウスがあり、垣根のかわりにポプラが植えられていたそうです。
 陶芸家の板谷波山、洋画家の山本鼎、彫刻家の吉田三郎、詩人の室生犀星、小説家の菊池寛などが、この近くに住んでいて、大正2年、田端に越してきた芥川龍之介は、その1ヵ月目に、ポプラ倶楽部のことを手紙に書いています。

ポプラ坂
ポプラ坂

ポプラ倶楽部跡(田端保育園)
ポプラ倶楽部跡(田端保育園)

現地説明板
現地説明板

田端保育園 : 東京都北区田端3-24-14
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