烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大満寺

 地下鉄、赤羽岩淵駅のすぐ近くに大満寺があります。その境内に東久世通禧の歌碑が建立されています。
 東久世通禧は幕末の尊王攘夷派の公家で、文久3年(1863)の「八月十八日の政変」により三条実美らと共に長州へ逃れたいわゆる七卿の一人です。
 慶応4年(1868)、王政復古によって復権を果たすと、新政府の外国事務総督に就任し外交問題への対応にあたっています。
 その後、神奈川県知事、開拓長官、侍従長などを歴任し、明治17年(1884)に伯爵に叙されると貴族院副議長、枢密院副議長などにも就任しています。
 大満寺では、歌人・佐佐木信綱の指導により歌会が催されていたそうで、歌碑はその関係者により明治31年(1898)に建立されています。
 また、歌碑の隣りにある弘法大師遠弔供養墓の文字も東久世通禧によるものでした。
 歌碑の内容は次のとおり

    岩淵会の人々の歌に志あつきよしをききて
    いはぶちのふかきこころにいそしみて
    すゝみゆかなむ言乃葉のみち

大満寺山門
大満寺山門

境内
境内

東久世通禧歌碑
東久世通禧歌碑

弘法大師遠弔供養墓(東久世通禧書)
弘法大師遠弔供養墓(東久世通禧書)

東京都北区岩淵町35-7
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| 明治・大正時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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