烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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浄閑寺の墓碑

 投込寺として知られる浄閑寺には、遊女の供養塔以外にも著名人の墓や碑などが建立されています。

 浄閑寺の山門をくぐってすぐ左手に幕末・明治の書家・萩原秋巌の墓があります。書の大家、巻菱湖に学び、詩は宮沢雲山に学んで幕末から明治にかけて活躍。主な著書は「書法薈粋」「十体源流」等。明治10年(1877)に75才で亡くなっています。

書家萩原秋巌の墓
書家萩原秋巌の墓

 萩原秋巌の墓の隣りに「新比翼塚」があります。比翼塚とは夫婦や心中した男女を葬った墓のことで、「新比翼塚」は明治12、3年頃に品川楼で情死した遊女盛糸と内務省の小吏谷豊栄の二人の供養のために建てられたそうです。 文豪・永井荷風は度々、浄閑寺を訪れ、その事を書き記しています。

新比翼塚
新比翼塚

 浄閑寺の墓所に本庄兄弟の首塚があります。歌舞伎や浄瑠璃に登場する人物です。
 歌舞伎狂言作者、4世鶴屋南北の 「浮世柄比翼稲妻」 の中の「鈴が森」 に登場する白井権八は、父親と同僚の本庄助太夫と間のささいな諍いに腹を立て、本庄を殺害し江戸へ逃亡します。
 物語では江戸の吉原で馴染みになった三浦屋の大夫、小紫との遊ぶ金ほしさに辻斬り強盗を繰り返した権八が、ある寺に匿われ改心し、虚無僧として諸国を周ります。しかし病のため、死ぬ前にもう一度小紫に会いたいと自首。 品川・鈴が森で処刑されます。 小紫は権八が自分のために悪事を重ね処刑された事を知り、その墓前で後追い心中するというストーリーです。
 白井権八は実在の人物、鳥取藩士・平井権八がモデルで、物語が作られる100年ほど前の出来事だそうです。
 ところで本庄兄弟についてですが、権八に殺害された本庄助太夫の遺児、助七とその弟の助八の事で、江戸に出て権八の行方を追っていましたが、権八の返り討ちにあい兄助七が殺害され、さらに弟の助八も兄の首を浄閑寺の井戸で洗っていたところを権八により討ち果たされたといいます。墓所内には「本庄兄弟首洗い井戸」 もあるそうですが、今回は見落としてしまいました。

本庄兄弟の首塚
本庄兄弟の首塚

 三遊亭歌笑は戦後活躍した人気噺家でした。浄閑寺の檀家ではありませんが、妻の実家の墓所であるここに葬られたそうです。

三遊亭歌笑塚
三遊亭歌笑塚

東京都荒川区南千住2−1−12
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