烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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木戸孝允夫妻の墓

 京都府京都市東山区にある京都霊山護国神社は明治維新のために尽力した志士達1356名の墓があります。一般には坂本龍馬の墓所として知られていますが、現地案内図に最も大きく描かれているのは西郷隆盛、大久保利通と並んで「維新の三傑」と称されている木戸孝允(桂小五郎)の墓です。
 長州藩出身、吉田松陰の教えを受け尊王攘夷派の中心人物として長州藩を率いた木戸孝允は明治新政府でも中心的役割を果たしていましたが、明治10年(1877)、西南戦争の最中に京都で事態に当たる中、病死します。そして、霊山護国神社隣りの霊山墓地へ葬られました。霊山墓地の墓のほとんどが招魂碑ですが、木戸孝允夫妻の墓は、坂本龍馬や中岡慎太郎の墓と並んで数少ない実際に埋葬されたお墓です。
 木戸孝允の墓の隣りには夫人の幾松の墓があります。幕府に狙われていた木戸孝允は祇園などの遊里に身を隠すことが多く、芸妓であった幾松は木戸孝允を匿ったことから恋が芽生え結婚しています。



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木戸孝允の墓


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夫人の墓


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木戸公神道碑



京都市東山区清閑寺霊山町1



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| 幕末・明治維新 | 23:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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