烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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横浜中華街 朝陽門

 せっかく横浜にきたので昼食は「横浜中華街」でとる事にしました。「横浜中華街」は、横浜開港後、西洋人とともに来日した中国人の居留地として発展します。
 後に「中華民国」を建国する孫文も、日本に亡命中、ここで華僑にかくまわれながら革命活動を続けています。
 当初は西洋人も沢山いましたが、関東大震災により多くの西洋人が帰国して中国人中心の街へと変貌、唐人町や南京町と呼ばれるようになります。
 街には多くの中華料理店がありましたが、日中戦争により衰退、戦後、再び活気を取り戻します。昭和30年(1955)には中華街大通りの入り口に「牌楼門」が建てられます。門には「中華街」と書かれていた事から次第に「中華街」と呼ばれるようになったそうです。

朝陽門
朝陽門(山下公園側)

 横浜中華街には現在、10基の牌楼(門)が建っています。
 特に東西南北の門は重要な意味を持っていました。中国では古来より、都へ入ってくる邪気を見張るため東南西北の通路を開いて門衛を置いたといいます。各門は陰陽五行に基づく色「青赤白黒」で彩られ、各方位の守護神である四神が据えられました。
 今回は、山下公園側から入りましたので最初に「朝陽門」をくぐりました。
 東門である「朝陽門」は日の出を迎える門で、朝日が街全体を覆い繁栄をもたらすと考えられていました。守護神は青龍神で、色は青です。
 「朝陽門」は、高さ13.5m、幅12mで中華街で最大の門です。

朝陽門
朝陽門(中華街側)

神奈川県横浜市中区山下町80−1付近
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