烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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ヘボン博士邸跡

 横浜市中区山下町の「横浜地方合同庁舎」に、ヘボン式ローマ字で知られる、ヘボン博士のレリーフがあります。この場所にヘボン博士の邸宅があったそうです。
 アメリカ出身の医師で宣教師でもあるジェームス・カーチス・ヘボンは、安政6年(1859)に来日します。
 医療を通じてキリスト教の布教を図ろうと考えたヘボン博士は日本語の研究を行って、日本初の本格的な和英辞典「和英語林集成」を編さんします。この時、日本語を表記するために生み出したのがヘボン式ローマ字表記です。
 ヘボン博士はキリスト教主義教育を日本に根付かせるために、文久3年(1863)に横浜でヘボン塾を開設、その後、塾は他のプロテスタント・ミッション各派の学校と統合して明治20年(1887)に明治学院となります。そしてヘボン博士は初代総理に就任しています。
 ヘボン博士は、明治25年にアメリカに戻るまで、横浜に33年間滞在、昭和24年に博士の功績を讃え、邸宅跡にレリーフが建立されたそうです。

ヘボン博士邸跡(横浜地方合同庁舎)
ヘボン博士邸跡(横浜地方合同庁舎)

ヘボン博士のレリーフ
ヘボン博士のレリーフ

現地説明板
現地説明板

【関連記事】 宗興寺

神奈川県横浜市中区山下町18

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| 明治・大正時代 | 23:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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