烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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三世安井知哲の次男 天文方 渋川敬尹

渋川敬尹の墓。戒名は「翠筠軒心空紹光居士」
渋川敬尹の墓。戒名は「翠筠軒心空紹光居士」

裏面に刻まれた「渋川右門源敬尹座」の文字。
裏面に刻まれた「渋川右門源敬尹座」の文字

側面に刻まれた亡くなった享保11年の日付
側面に刻まれた亡くなった享保11年の日付

 江戸幕府天文方の3代目、渋川敬尹(しぶかわ ひろただ)は囲碁の家元安井家の三世安井知哲の次男として元禄9年(1696)に京都に生まれます。安井知哲は初代安井算哲の三男で、兄に初代天文方・渋川春海がいます。
 正徳5年(1715)4月に父・渋川春海の跡を継いだ嫡男、渋川昔尹が子の無いまま急逝し、隠居していた春海も病気となったため、同年6月に敬尹は急遽渋川家の家督と天文方を継承します。同年10月には春海が亡くなっています。
 享保6年(1721)には、それまでの駿河台にあった天文台(拝領屋敷)を築地木挽町に移転させ本格的に活動を開始しますが、5年後に31歳で急死。嫡男の渋川則休は、まだ幼かったため、渋川家は渋川春海の高弟・遠藤盛俊の門人、渋川敬也が継承し、則休は敬也の養子となっています。

東海寺大山墓地(東京都品川区北品川4-11-8)
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