烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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九品仏浄真寺

 東京都世田谷区奥沢七丁目にある浄真寺は、浄土宗の寺院で山号は「九品山」です。「九品仏」(くほんぶつ)とは、同寺に安置されている9体の阿弥陀如来像のことです。
 浄真寺のある場所は、もともとは世田谷吉良氏が支配する奥沢城の跡で、豊臣秀吉の小田原征伐後に廃城となりましたが、当地の名主が寺地として貰い受け、延宝6年(1678)に創建されています。
 境内にはかつて、サギソウが咲き誇っていましたが、駐車場拡大に伴い、現在では本堂脇に僅かに残るのみとなっています。
 このサギソウには悲しい伝説が残されています。この辺りを支配下に置いていた世田谷城主吉良頼康の側室となった奥沢城主大平出羽守の娘常盤(ときわ)姫は頼康の寵愛を受けみごもりますが、他の側室のねたみを受け誹謗中傷を受けます。
 その悪いうわさを、否定しながらも頼康は次第に距離を置き始めた頼康の態度に思い悩んだ常盤は、死んで、身の潔白を証明しようと思いつめ、奥沢城の父にあてて遺書をしたためると、かわいがっていた白鷺の足に結びつけ、奥沢の方角へ放ちます。
 丁度、狩りに出ていた頼康は、この白鷺を射落とし、足に結びつけてあった遺書を見つけ急いで城に帰りますが、すでに常盤は自害した後で、お腹の子も亡くなっていました。
 そして、いつしか、この地に鷺の飛翔する姿を思わせるサギソウが咲き誇るようになったといいます。
 境内にはこの他、東京都指定天然記念物のイチョウや碁盤として使われるカヤがあります。
 ところで今回、浄真寺を訪れたのは女流囲碁棋士の先駆けである喜多文子(林文子)の墓があると聞いたからですが、広大な墓地の中で見つけることが出来ませんでした。今度、改めて詳しく調べて見ようと思います。

総門
総門

仁王門
仁王門

本堂
本堂

鷺草の説明板
鷺草の説明板

榧の木
榧の木

【関連記事】 世田谷城址公園

東京都世田谷区奥沢7-41-3
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