烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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渋沢栄一生家周辺の史跡

 深谷市の渋沢栄一の生家「中の家」の建物の裏手にある竹藪に碑が建立されています。
 「晩香渋沢翁招魂碑」は、栄一の父、渋沢市郎右衛門の招魂碑で、撰文は尾高惇忠によるものです。
 「先妣渋沢氏招魂碑」は栄一の母、渋沢えいの招魂碑で、撰文は栄一によるものだそうです。
 また、「渋沢平九郎追懐碑」は、尾高惇忠の弟で、栄一の養子となった渋沢平九郎の追懐碑です。平九郎は彰義隊の飯能戦争に参加して戦死しています。
 この三つの碑は、東京の谷中霊園にある渋沢家の墓所にありましたが、平成26年3月に墓の整備に合わせて移設されています。

「晩香渋沢翁招魂碑」「先妣渋沢氏招魂碑」
「晩香渋沢翁招魂碑」「先妣渋沢氏招魂碑」

「渋沢平九郎追懐碑」
「渋沢平九郎追懐碑」

 「中の家」の裏手にある青淵公園に、「青淵由来之跡の碑」が建立されています。
 「青淵」とは栄一の号ですが、昔このあたりに「上の淵」と呼ばれる池があったそうで、栄一はその池の美しさにちなんで自らの号にしたそうです。

青淵由来之跡の碑
青淵由来之跡の碑

 「中の家」の前には、渋沢家一族の墓があり、ここには、栄一の両親を初め、先祖が眠っているそうです。

渋沢家一族の墓
渋沢家一族の墓

「中の家」: 埼玉県深谷市血洗島247-1
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| 明治・大正時代 | 07:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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