烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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高輪 旧日本棋院跡

 大正13年の関東大震災を機に囲碁界は統一され日本棋院が誕生します。この時、永田町の溜池に用地を確保し会館の建設が始まり大正15年に完成します。(完成までの間、以前ブログで紹介しましたが、牛込の船河原町、銀座と移転)
 完成した会館は通称「溜池」と呼ばれ親しまれましたが、昭和20年の東京大空襲で焼失します。
 戦後、同場所での再建を目指し、一時的に目黒の柿の木坂にあった岩本薫(本因坊薫和)宅に棋院を移し、昭和23年には高輪に物件を見つけ移転します。そして諸事情により溜池での再建が見送られたため、高輪が正式な会館となりました。高輪の会館は昭和46年に市ヶ谷の現会館へ移転するまで囲碁界の中心地となります。
 なお、高輪の日本棋院会館があった建物ですが、会館が市ヶ谷へ転居した後の昭和50年に、将棋連盟が建築中の将棋会館の仮事務所として一年間使用したとの記録があります。
 旧日本棋院会館のあった場所は当時の住所をもとに調べてみると、「め組の辰五郎」の墓がある正覚寺の隣りの,現在マンションとなっている所である事が分かりました。



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日本棋院会館跡のマンション



旧日本棋院跡 : 東京都港区高輪2丁目14−23 ペアシティーミューゼ高輪



詳細住所:



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