烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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洋画家 司馬江漢の墓

司馬江漢の墓
司馬江漢の墓

説明板
説明板

 巣鴨の慈眼寺には、江戸時代後期に活躍した活躍した洋画家で蘭学者の司馬江漢の墓があります。
 延享4年(1747)に江戸で生まれた司馬江漢は本名を安藤峻といい、後に姓を唐風の司馬に改めています。江漢は号です。
 江漢は、はじめ狩野派に学びますが、それに飽きたらなくなり、浮世絵師を学んだ後、平賀源内の紹介で西洋画法に通じた漢画の宋紫石の門に入り、更に秋田蘭画の指導者・小田野直武から洋風画を学びます。
 平賀源内らから西洋の知識を得ていた江漢は、天明3年(1783)には日本初の銅板画製作にも成功しています。
 長崎で多くの油絵を目にした江漢は、その製作にも取り組んでいます。江漢はカンバスに絹の布を使い、絵の具は荏胡麻油に顔料を混ぜ合わせて作っています。これは、漆工芸品の彩色法として用いられていた方法を転用したものだそうです。
 晩年は地動説など西洋科学を紹介し活躍した江漢は、文政元年(1818)に享年72歳で亡くなっています。

慈眼寺 東京都豊島区巣鴨5丁目35−33
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