烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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堀部安兵衛の碑(水稲荷神社)

 水稲荷神社の境内には「高田馬場の決闘」で有名な赤穂浪士の堀部安兵衛を顕彰する「堀部武庸(ほりべたけつね)加功績跡」の碑が建っています。


 「高田馬場の決闘」とは元禄7年(1694)江戸郊外の高田馬場(水稲荷神社の近くで、現在の新宿区高田馬場ではありません。)で起きた伊予国西条藩松平頼純の家臣たちによる決闘で、剣の達人であった中山安兵衛(後の堀部武庸(ほりべたけつね))がこの決闘に助太刀したことで江戸市中で評判となります。

 瓦版では「18人斬り」として紹介されますが、実際に斬ったのは3人だったそうです。

 安兵衛の評判を聞いた赤穂藩士の堀部金丸が娘婿に迎えますが、7年後の元禄14年に赤穂藩主・浅野長矩の殿中刃傷事件があり、翌年、安兵衛も参加した吉良邸討ち入り事件が発生します。

 安兵衛は元禄16年2月4日(1703年3月20日)伊予松山藩主松平定行の屋敷において切腹。享年34歳でした。


 碑は明治43年に完成し馬場に建立されましたが、昭和46年に現在地に移転したそうです。


Dsc_1257 Dsc_1259




  水稲荷神社:新宿区西早稲田3丁目5−43



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