烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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芥川龍之介の墓 慈眼寺

芥川龍之介の墓

 今年は、お笑いタレントの又吉直樹が書いた小説『火花』が受賞したことで、何かと世間に注目された芥川賞(正式には芥川龍之介賞)ですが、純文学の新人に与えられる文学賞に名を冠する芥川龍之介は、大正期に活躍した、日本を代表する小説家です。
 明治25年(1892)に東京で生まれた芥川は、東京帝大在学中、菊池寛・久米正雄らと共に同人誌『新思潮』を刊行し創作活動を開始、そして文豪・夏目漱石の門人となります。大正5年(1916年)に発表した短編小説「鼻」を夏目漱石が賞賛するなど、多数の傑作を世に送り出した芥川ですが、大正14年(1925)頃より体調がすぐれず、昭和2年(1927)に薬物自殺を図り35歳の生涯を閉じています。
 芥川の墓所は、東京都豊島区巣鴨の慈眼寺ですが、その墓石は、彼の小説「河童」の頭の皿を意識して、家紋が墓石の上部に刻んであります。
 なお、芥川賞は、彼の友人であった菊池寛が、芥川の業績を記念して直木賞と共に創設しています。初回受賞は昭和10年(1935)の事です。

慈眼寺 東京都豊島区巣鴨5丁目35−33
(墓地は寺の道向にあり染井霊園に隣接しています。)
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| 明治・大正時代 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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