烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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上野東照宮

 今回、上野公園を訪れた目的の一つに、上野東照宮の社殿修復工事が完了し一般公開されているため見学しようと思った事もあります。修復工事は平成21年(2009)から平成25年(2013)まで行われ、幾度かここを訪れた事のある私も、実は社殿を見るのは今回が初めてでした。
 上野東照宮は、寛永4年(1627)、津藩主藤堂高虎が徳川家康公の遺言により屋敷内に天海僧正と共に家康公を お祀りする神社を創建したもので、正保3年(1646)に正式に宮号を授けられ「東照宮」となっています。
 現存する社殿は慶安4年(1651)に三代将軍・徳川家光公が改築したものだそうです。
 その後戊辰戦争や関東大震災、および第二次世界大戦でも倒壊は免れ、貴重な文化財として現在まで残されています。

上野東照宮
上野東照宮

上野東照宮の唐門は慶安4年(1651)の徳川家光公による改築時に造営されたもので、正式名称は唐破風造り四脚門といいます。日光東照宮の「眠り猫」で有名な左甚五郎による昇り龍・降り龍の彫刻があり、毎夜不忍池の水を飲みに行くという伝説があります。

唐門 表
唐門 表

唐門 裏
唐門 裏

 上野東照宮の社殿を囲む塀は、向こう側が透けて見えるため「透塀(すきべい)」と呼ばれています。
 塀の上段には野山の生き物と植物、下段には海川の生き物の彫刻が施されていますが、今回の修復工事により創建当時の彩色を取り戻しています。

透塀
透塀

東京都台東区上野公園9-88
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