烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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坂の上の雲 秋山好古

 司馬遼太郎著「坂の上の雲」は、松山出身の秋山好古、秋山真之の兄弟と正岡子規の3人を主人公に、彼らが激動の明治という時代を、いかに生きたかを描いた長編小説です。
 その主人公の1人で、明治時代の陸軍の名将・秋山好古の墓が青山霊園にあります。もう一人の主人公で日露戦争の日本海海戦で先任参謀として丁字戦法を考案、バルチック艦隊を撃滅した秋山真之は実弟にあたります。
 伊予松山藩の下級武士の家に生まれた好古は、貧しさ故に軍人の道を選び、創設間もない陸軍士官学校で「騎兵科」に進みます。フランス留学で、サンシール陸軍士官学校で学んだ好古は、明治27年、日清戦争において騎兵第一大隊長として自ら訓練した騎兵隊を率いて従軍します。
 明治37年、日露戦争が勃発すると秋山は日本騎兵を率いてロシアのコサック騎兵と激戦を繰り広げます。機関銃の早期配備や、騎兵による敵情偵察、挺進行動を展開し、日本陸軍の勝利に大きく貢献した好古は、後に「日本騎兵の父」と呼ばれることとなります。
 戦後は騎兵監、朝鮮駐箚軍司令官、教育総監などを歴任し、陸軍大将にまで登りつめますが、決して驕ることなく質素な生活を送り、退役後は郷里松山の中学校長として余生を過ごしています。
 秋山好古は昭和5年(1930)、糖尿病による心筋梗塞により東京の陸軍軍医学校で永眠。享年71歳でした。

秋山好古の墓

青山霊園 1種イ19号2側1番
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| 明治・大正時代 | 07:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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