烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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北原白秋の墓

 日本を代表する詩人・北原白秋は、明治18年(1885)柳川藩(福岡県)御用達の海産物問屋を営む旧家に生まれます(当時は酒造業、生まれたのは熊本県)。明治37年(1904)に早稲田大学に入学。大学入学前から同人誌に詩を掲載するなどしていた白秋は、明治42年(1909)に詩集「邪宗門」を発表。2年後には「思ひ出」を発表するなど、詩壇の第一人者として活躍します。
 その一方で、雨雨フレフレで始まる「雨ふり」や、この道はいつか来た道で始まる「この道」など、誰もが知っていて、現在でも歌い継がれている童謡も数多く作詞しています。
 晩年も数多くの作品を造り出した白秋は、昭和12年(1937)に糖尿病および腎臓病の合併症のために眼底出血を引き起こし、視力をはほとんど失います。しかし、その後も作品作りに没頭し、昭和17年(1942)に病状が悪化し死亡。享年57歳でした。

北原白秋の墓

多磨霊園 10-1-2-6
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