烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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天然理心流道場 撥雲館

 調布市野水の人見街道沿いにある新撰組局長・近藤勇の生家跡。その道向に近藤勇より天然理心流宗家を継承した娘婿の勇五郎が開いた道場「撥雲館」があります。
 天然理心流は近藤長祐を初代とする古武術で、剣術、居合術、小具足術(小太刀術)を含む他、柔術、棒術もある総合武術だったそうです。豪農であった近藤勇の父 宮川久次郎は、広い屋敷内に「天然理心流」の道場を開き、三代目近藤周助が指導に来ていました。ここで勇と出合った周助は、勇の度胸と技量を見込み養子に迎え、後に四代目を襲名することとなります。
 勇が16才で近藤家の養子に入ると、宮川家は調布・三鷹地区の出稽古先として大いに賑わい、更に勇が新撰組局長として活躍すると、立身出世を夢見る若者たちの入門が相次ぎ最盛期には3千名の門人を抱えていたといいます。
 勇が京都へ登ると、江戸の近藤家を護るため勇は兄・宮川音五郎の次男、勇五郎と一人娘を結婚させ養子とします。この勇五郎が「天然理心流」を五代目として継承し、維新後、父音五郎から分け与えられた屋敷内の納屋を明治9年より道場として改築します。この道場が「撥雲館」です。
 「撥雲館」はその後、手狭になったため、昭和7年に北側空き地へ改築、しかし、勇五郎はその翌年に83歳で亡くなっています。その後も道場は門人たちの手により運営されていきますが、第二次世界大戦が始まると調布飛行場の建設により立ち退きとなり、東隣りの勇五郎の娘の嫁ぎ先、峰岸家へ移築されます。さらに戦後になって人見街道拡幅工事のため、再び近藤家敷地内の現在地に移築されています。
 「撥雲館」は昭和50年代まで使われていたそうですが、現在は閉鎖されて、稽古は公共施設にて行われているそうです。

撥雲館
撥雲館

撥雲館
撥雲館

東京都調布市野水1丁目7
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| 幕末・明治維新 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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