烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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山本有三記念館2

 山本有三記念館は「路傍の石」などで知られる小説家、山本有三が昭和11年(1936)から昭和21年(1946)まで、家族とともに過ごした大正末期に建築された洋館です。
 当初は商社役員や大学教授を務めた清田龍之助の住宅として建てられたものだそうです。大正8年(1919)に吉祥寺駅ができたことにより、この辺りは住宅として開発されますが、大正12年(1923)の関東大震災以降、東京郊外への住宅移転が盛んになります。
 清田は大正15年(1926)に邸宅を建設。建物は当時流行していたピクチャレスク風のデザインで、関東大震災の経験から鉄筋コンクリート構造を取り入れた堅牢な建物となりました。
 有三は当時、吉祥寺に住んでいましたが家族が増えて家が手狭となり、執筆活動に専念できる物件を探していたそうで、昭和11年にこの住宅を購入します。有三は三鷹での生活を大変気に入り、「路傍の石」や「米百俵」などの作品をここで執筆しますが、昭和21年に進駐軍により自宅が接収され、その後も有三が三鷹に戻ることはありませんでした。

外観 応接間
山本有三記念館外観と応接間

展示品 書斎
展示品と書斎

階段
階段

東京都三鷹市下連雀2-12-27
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| 昭和時代 | 07:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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