烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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天台宗の古刹 大山寺

 鳥取県西部にある大山(だいせん)は標高1,729mの火山で中国地方の最高峰です。その山容から伯耆富士とも呼ばれています。
 その中腹にある「大山寺」は山岳信仰の霊場で、奈良時代の養老2年(718)に創建されたと言われています。平安時代には天台宗が統括し、寺の住職である座主は比叡山から派遣されるなど、天台宗の一大拠点として発展してきました。
 昭和3年に四度の火災に見舞われ、本堂は昭和二十六年に再建されています。

大山
大山(大山寺付近より)

大山寺山門
山門(仁王門)

大山寺
本堂

 大山寺参道脇に「信濃坊源盛の碑」があります。信濃坊源盛は、元弘3年(1333)に後醍醐天皇が隠岐の島を脱出した際、天皇を船上山にお迎えし、幕府軍を打ち破った伯耆の豪族・名和長年の弟で、大山寺の別当でした。
 「船上山の戦い」では大山寺の僧兵数十名をひきつれて参戦。各地を転戦し、肥後八代で正平13年に57歳で戦死しています。

信濃坊源盛の碑
信濃坊源盛の碑

 大山寺の石段手前を左折してすぐの所に「暗夜行路ゆかりの地」の碑があります。文豪・志賀直哉は大正3年に大山寺の宿坊「蓮淨院」に滞在しています。小説『暗夜行路』の終章はこの時の体験をもとに書かれたと言われています。
 「蓮淨院」は碑とは離れた場所にありましたが老朽化のために倒壊し現存していません。今回は行きませんでしたが「蓮浄院跡」には石垣などが残されているそうです。

志賀直哉の碑
「暗夜行路ゆかりの地」の碑

鳥取県西伯郡大山町大山9
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