烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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後醍醐天皇ゆかりの 天皇水

 鳥取県東伯郡琴浦町に、隠岐の島から脱出した後醍醐天皇が、名和長年に護られ、幕府軍を迎え撃った「船上山」 があるため、そちらへ向かいました。途中、大熊という集落の入口に「天皇水」という看板を見つけました。
 船上山の勝利の後、後醍醐天皇は上洛のために諸国の武士を船上山に集めます。そして、元弘3年(1333)京都に向かうため下山を開始しますが、途中、この場所に差し掛かった際に天皇は激しい喉の渇きを従者に訴えられました。しかし、辺りに水はなく従者がほとほと困っていたところ、天皇は傍の大岩を指差し、「この大岩を起こせば水が湧いてでてくる。」とおっしゃったそうです。
言われたとおり、従者が大岩を起こすと不思議なことに清水が湧いてでてきたと言われています。このことからこの湧き水は「天皇水」と呼ばれ、今でも清水が湧き続けているそうです。

大熊の看板
大熊集落の看板

天皇水
天皇水

鳥取県東伯郡琴浦町高岡(大熊地区)
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