烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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名和公一族郎党の墓 長綱寺

鳥取県西伯郡大山町にある長綱寺は、後醍醐天皇の中心であった名和長年が父の名和行高の還暦を祝って建てた隠居所を寺に改めたが始まりと言われ、名和一族の菩提寺となっていました。
 境内の裏山に 300基程の五輪塔がありますが、これは船上山での鎌倉幕府軍との戦いで戦死した名和一族郎党の墓と考えられていて、室町幕府に見つかるのを恐れて土中に埋められていたものを昭和5年(1930)に地元の人が偶然発見し整備したそうです。
 また、長綱寺境内にある「硯岩」は、名和長年公が後醍醐天皇を船上山へご案内する途中、休憩した岩と言われ、上部に墨つぼの様なくぼみがある形状から「後醍醐天皇の硯岩」と呼ばれてきました。ところが、昭和30年代に突然行方不明になり、人々が嘆いていたところ、住職の夢枕に名和長年公が立たれ「米子の皆生温泉の辺りで硯岩が粗末に扱われている」とのお告げがあったそうです。人々は早々に手を尽くし探し回ったところ、ついに「硯岩」を発見。平成22年に寺へ帰ってきたそうです。

長綱寺
長綱寺本堂

名和公一族郎党の墓
名和公一族郎党の墓

硯岩
硯岩


鳥取県西伯郡大山町名和69-1
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