烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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蜀山人終焉の地と岩崎弥之助邸跡

 JR御茶ノ水駅聖橋口の斜向かいに位置する高層ビルは「御茶ノ水ソラシティ」という大型複合施設で2013年に竣工。御茶ノ水の新しいランドマークとして注目されています。元は日立製作所の本社があった場所です。
 建物手前の広場の北側(線路側)の道に面して、蜀山人終焉の地と岩崎弥之助邸跡の案内板がありました。
 蜀山人(大田南畝)は寛延2年(1749)に江戸の牛込に生まれ、勘定所の役人として大阪銅座、長崎奉行所などへ赴任する一方、狂歌師、戯作者としても活躍します。文化9年(1812)より、文政6年(1823)に75歳で亡くなるまで、この地で過ごしています。辞世の句は「生き過ぎて七十五年くいつぶし 限り知られる天地の恩」。
 岩崎弥之助は三菱の創業者・岩崎弥太郎の弟で、弥太郎の跡を継ぎ二代目社長に就任します。明治7年(1874)に後藤象二郎の長女と結婚したのを機に、この場所で暮らしたそうで、二代目社長となると、組織を「三菱社」に改め多角経営に乗り出します。そして「三菱社」の本社は、この場所に置いていたそうです。三菱の本社跡が日立本社跡でもあるというのは何か変な感じですが?

solacity
御茶ノ水ソラシティ

案内板
案内板

千代田区神田駿河台四丁目6番
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