烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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農林水産大臣辞任で話題の精糖工業会館といえば

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精糖会館

 今国会では西川農相が農林水産省の補助金交付が決まっていた砂糖メーカーの団体「精糖工業会」が運営するビル管理会社「精糖工業会館」から寄付を受けていたとして追及され、23日、ついに辞任しました。衆院予算委員会の質疑での民主党議員の追及中に安倍首相自らヤジを飛ばすなど混乱を極めていましたが、その献金を行った「精糖工業会」や「精糖工業会館」が入居している千代田区三番町の「精糖会館」ビルについて以前ブログで紹介していました。
 「精糖会館」のある場所には江戸時代に赤井五郎作という旗本の屋敷がありました。五郎作は囲碁好きで度々、碁会を主宰しています。ある日、五郎作の屋敷で行われた碁会の後、残った阪口仙得・伊藤松和・太田雄蔵・安井算知の天保四傑と服部正徹が話の最中に、今、囲碁が一番強いのは本因坊秀策だろうという話になり、ただ一人納得しなかった雄蔵と秀策との間で三十番碁が企画されます。この対局では、後の世に語り継がれるほど数々の名局が生まれています。

場所 千代田区三番町5-7 精糖会館

関連記事:秀策・雄蔵三十番碁の発起人・赤井五郎作の屋敷跡
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