烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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白鬚神社 1

 東京都墨田区東向島にある白鬚神社は、天暦5年(951)に、滋賀県の白鬚神社の分霊を祀ったことに始まると言われています。境内には多くの石碑が建立されていました。

白鬚神社境内
白鬚神社境内

 白鬚神社の境内に幕末から明治にかけて活躍した儒学者・鷲津毅堂の碑があります。
 文政8年(1825)に尾張に生まれました鷲津毅堂は、20歳頃、江戸の昌平校で学び、嘉永6年(1853)には久留米藩に仕え、次いで、尾張藩の明倫堂で学問を教えます。
 明治以降、大学少丞、権大書記官五等判事、司法少記官など明治政府の要職を歴任し、明治15年(1882)には司法権大書記官となっていますが、同年、58歳で没しています。
 なお、毅堂は小説家・永井荷風の母方の祖父であることでも知られています。
 碑の篆額は三条実美、撰文は明治の三大文宗の一人・三島毅、書は巌谷一六によるものです。

鷲津毅堂碑
鷲津毅堂碑

 「墨多三絶碑」は、 墨田川の風物を詠じた佐羽淡斎の詩碑で、大窪詩仏が筆をとったものです。篆額は巻菱湖によるもので、文政5年(1822)に建立されています。
 「絶」とは五字または七字の四句で一体をなす漢詩のことで、三詩からなるので三絶と呼ばれています。

墨多三絶碑
墨多三絶碑

白鬚神社:墨田区東向島3-5-2
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