烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

大倉喜八郎別邸跡

 堤通り沿い、首都高速上り線向島出口付近に「共栄倉庫」と書かれたビルが建っています。この場所は明治・大正期の実業家で大倉財閥を設立した大倉喜八郎の別邸があったところです。喜八郎は渋沢栄一らと共に、鹿鳴館、帝国ホテル、帝国劇場などを設立したことでも知られています。跡を継いだ喜七郎もホテルオークラを設立するなど活躍し、趣味の囲碁において日本棋院設立に主導的役割を果たしています。
 邸内に接客や宴会を目的に建てられていた「蔵春閣」は、千葉県船橋市にある「ららぽーと」に移築されていましたが、現在は移築を前提として解体され、大倉文化財団が所有しているそうです。
 また、この場所は江戸時代末期には、旗本・中野清茂(別名:中野碩翁)の別邸でした。
 中野碩翁は、田沼意次にとり入り、養女を徳川家斉の側室として権勢をほしいままにしていましたが、家斉の没後に、水野忠邦により追放され、この地で最期を迎えたそうです。
 なお、「共栄倉庫」は現在は合併して「エスケーロジ株式会社」という会社となり、ビル入口にも、その社名入りの看板がありました。さらに、建物に解体予定の案内が張られていましたので、間もなく、ここは景色が一変してしまうでしょう。建物が建替えられるのか、別の何かに生まれ変わるのか分かりませんが、ここが大倉喜八郎の別邸であった事が分かるようにしてもらいたいと願います。

大倉喜八郎別邸跡(共栄倉庫)
大倉喜八郎別邸跡(共栄倉庫) 左の白い大きなビル

現地説明板
現地説明板

エスケーロジ株式会社の看板
エスケーロジ株式会社の看板

東京都墨田区堤通1丁目1
スポンサーサイト

| 明治・大正時代 | 22:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。