烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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金地院東照宮

 金地院の中には徳川家康を祀る「東照宮」があります。崇伝が徳川家康の遺言により、家康の遺髪と念持仏を祀って寛永5年(1628年)造営したものです。創建当初は日光東照宮と比べられるほど荘厳なものだったそうです。
 「東照宮」誕生の経緯についてですが、元和2年(1616)に家康が死去すると神号を巡り崇伝はライバルの天海と争っています。崇伝は家康の神号を「明神」として吉田神道で祭るべきだと主張しますが、天海は「権現」として山王一実神道で祭ることを主張します。結局、天海が、豊臣秀吉に豊国大明神の神号が送られた後の豊臣氏滅亡を考えると、明神は不吉であると提言したことで家康の神号は「東照大権現」と決まります。
 そういった経緯を考えると金地院に東照宮を祀るのは複雑な思いがあったのかもしれません。




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楼門




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三つ葉葵の瓦




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金地院東照宮




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金地院東照宮




 建物の中には、三十六歌仙の額がかかげられています。また、取材時に撮りそこなったのですが天井に狩野探幽作の「鳴き龍」が描かれています。




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三十六歌仙の額




京都府京都市左京区南禅寺福地町86-12



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