烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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今戸の中川亀三郎邸跡

 今戸神社近くの隅田川沿いを通る都道314号線の「台東リバーサイドスポーツセンター陸上競技場」前から今戸神社へ向かう今戸1丁目2と今戸1丁目3の間の道は、かつての今戸神社の参道です。
 その神社に向かって右手に、かつて十二世本因坊丈和の三男で、村瀬秀甫とともに囲碁結社「方円社」を設立した中川亀三郎の屋敷がありました。
 明治12年(1979)に発足した方円社では明治16年(1883)に段位制から級位制に移行します。秀甫の2級に次ぎ、亀三郎は3級とされますが、この時、出版された「囲碁等級録」に中川亀三郎の住所が「浅草今戸町63番地」と記載されていました。その場所を調べてみたら、先ほど紹介した場所だったのです。
 当時、秀甫が社長を務める「方円社」は隆盛を極め、明治19年には、ついに本因坊家と和解し秀甫は十八世本因坊となります。しかし、秀甫は本因坊家継承直後に亡くなり、亀三郎は方円社の二代目社長に就任します。さらに、追い打ちをかけるように方円社の実務を取り仕切っていた小林鉄次郎も病死したため方円社の経営は急に傾いていきます。そのため、亀三郎は今戸を離れ東京の中心部へ引越し陣頭指揮にあたっています。

中川亀三郎邸跡
交差点右手のマンションのあたりが中川亀三郎邸跡
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