烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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今戸橋と山谷堀公園

 待乳山聖天のすぐ北側、都道314号線沿いに今戸橋跡のモニュメント(旧今戸橋の親柱)と山谷堀公園があります。
 「山谷堀公園」は、山谷堀(さんやぼり)と呼ばれた水路を埋め立てて造られた公園です。
 山谷堀が造られた時期は不明ですが、江戸時代初期に荒川の氾濫を防ぐために築かれたそうです。
 江戸時代には、新吉原遊郭への水上路として、隅田川から遊郭入口の大門近くまで船が行き来していました。吉原通いを「山谷通い」とも言い、船での吉原行きは陸路よりも優雅で粋とされていました。
 船着場周辺には船宿や料理店などが建ち並び賑っていましたが、明治以降、遊興の場が新橋などへ移ると次第に寂れ、戦後の売春防止法により吉原が閉鎖されると堀もすべて埋め立てられてしまったそうです。
 今戸橋は山谷堀に架かっていた九つの橋の一つで、一番最下流(隅田川側)にあった橋です。

今戸橋
今戸橋跡

山谷堀公園
山谷堀公園

山谷堀公園説明板
山谷堀公園説明板


東京都台東区浅草7丁目付近
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