烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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浅草寺 久米平内堂と二尊仏

 浅草の雷門から仲見世通りを抜けて浅草寺の宝蔵門をくぐると、すぐ右手に「久米平内堂」があります。
 久米平内は江戸時代前期に実在した武士で武術の達人でした。平内は千人斬りの願を起こし、夜ごと辻斬を行っていたと言われ、後に出家すると罪を悔い改めるために禅の修行を積み、臨終間際には自らの姿を石に刻ませ、浅草寺の仁王門付近に埋め通行人に踏みつけさせたといいます。像は後に掘り起こされ、お堂に納められます。それが「久米平内堂」です。
 石像の「踏みつけ」が「文付け」に転じ、願文を納めると願い事が叶うとされ、江戸時代より特に縁結びの神として信仰されてきました。。
 昭和20年の空襲によりお堂は焼失しましたが、昭和53年に浅草寺開創1350年を記念して再建されています。

久米平内堂
久米平内堂

  久米平内堂の近くにある「濡れ仏」の名で知られる二尊仏は、観音(右)、勢至(左)の二体の金銅坐像です。
 蓮弁台座銘によれば、願主は上野国(群馬県)館林在大久保村の高瀬善兵衛で、かつて奉公した日本橋伊勢町の米問屋成井家より受けた恩に感謝し、旧主善三郎の菩提を弔うために観音像を、その子次郎助の繁栄を祈るために勢至像を貞享四年1687)にに造立したそうです。
 江戸時代初期の優秀な鋳造仏の一つで神田鍋町の太田久衛門正儀の作。  安永六年(1777)には修理されていることが観音像銘に追刻されています。

二尊仏
二尊仏

浅草寺:東京都台東区浅草2−3−1
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