烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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囲碁棋士 都築仙子

 谷中霊園では以前、囲碁関係で中川亀三郎の墓を紹介しましたが、もう一人、囲碁棋士の墓が確認されています。
 都筑仙子(仙芝)は明治期の囲碁棋士で5段の実力があり、本因坊秀栄や田村保寿(本因坊秀哉)との対局の記録が残されています。墓石の裏側には明治34年1月30日に亡くなったと記されています。
 なお、都筑仙芝の養女、都筑米子は本因坊秀栄・梅主長江らに師事し大正14年(1925)に4段に昇段。同じ女流棋士・喜多文子と互角の勝負を繰り広げライバルとして活躍しています。昭和12年に66歳で亡くなり5段が追贈されています。

囲碁棋士 都築仙子
囲碁棋士 都築仙子の墓

都築仙子の墓 裏
墓の裏側


東京都台東区谷中 谷中霊園 乙6号2側
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