烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

順天堂第二代堂主 佐藤尚中

 先日、谷中霊園にある順天堂創立者・佐藤泰然の墓を紹介しましたが、谷中霊園の別の場所に第二代堂主・佐藤尚中(さとう たかなか)の墓もあります。
 文政10年(1827)に小見川藩(千葉県香取氏)藩医の山口甫僊の次男として生まれた尚中は天保13年(1842)に、江戸四谷の医者安藤文沢に蘭方医学を学びます。文沢の勧めで佐藤泰然の「和田塾」入門。嘉永6年(1853)に泰然の養嗣子となり、佐倉藩医にも就任しています。
 泰然の跡を継いで順天堂第二代堂主となった尚中は明治2年(1869)には、明治政府の要請により「大学東校(現・東京大学医学部)」の初代校長に就任し、わが国の近代医学発展に大きく貢献します。
 明治6年(1873)に佐倉より下谷練塀町(現秋葉原)に順天堂を移設した尚中は、明治8年(1875)には湯島に再び移設し、順天堂医院(現・順天堂大学医学部附属順天堂医院)を設立。初代院長に就任しています。

佐藤尚中の墓

東京都台東区谷中 谷中霊園 甲9号 1側

スポンサーサイト

| 歴史あれこれ | 08:40 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。