烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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順天堂始祖 佐藤泰然の墓

 谷中霊園内にある佐藤泰然のお墓へお参りしました。現在の順天堂大学の基礎を造った人物です。
 文化元年(1804)に、現在の神奈川県川崎市で生まれた泰然は蘭方医を志し高野長英らに師事した後、天保6年(1835)に長崎へ留学。天保9年(1838)に江戸へ戻ると、両国薬研堀に「和田塾」を開きます(和田は母の姓)。
 天保14年(1843)に佐倉藩主の招きで佐倉(千葉県佐倉市)に移住し、病院と塾を兼ねた「佐倉順天堂」を開設します。
 「佐倉順天堂」では卵巣水腫開腹術や、日本初の「膀胱穿刺」手術など、当時の日本最先端の医療が行われ大阪の緒方洪庵の適塾と双璧をなす蘭学塾となります。
 嘉永6年(1853)には、正式に佐倉藩士に取り立てられ藩医となりますが、安政6年(1859)に病のため隠居。明治5年(1872)に69歳で亡くなっています。
 なお、薬研堀の和田塾跡は現在「薬研堀不動院」がある場所で、境内には順天堂発祥の地の碑が建っています。

佐藤泰然の墓


東京都台東区谷中 
 谷中霊園 甲新 16号24側
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