烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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護国山 天王寺

 久しぶりに谷中霊園を訪れました。日暮里駅から陸橋を渡り、「紅葉坂」を上がると谷中霊園にたどり着きますが、最初に天王寺に参拝しました。
 明治7年に政府により東京府管轄の公共墓地として開設された「谷中霊園」は元々、天王寺の寺域の一部でした。霊園の中央を通る道はかつての天王寺の参道だったそうです。
 天王寺は日蓮が鎌倉と安房を往復する途中に宿泊していた場所に文永11年(1274)に創建された寺院で、当初は感応寺といいました。その後、元禄11年(1698)に天台宗に改宗しています。
 元禄13年(1700)に幕府公認の富くじが興行され、目黒不動、湯島天神と共に「江戸の三富」として大いに賑わいますが天保13年(1842)には「天保の改革」により、富くじ興行は禁止されています。

日暮里駅
日暮里駅

紅葉坂
紅葉坂の坂上より

天王寺山門
天王寺山門

 境内にある「銅造釈迦如来坐像」には元禄3年(1690)鋳造の碑文があり、天台宗に改宗する直前の住持・日遼の名が刻まれています。「江戸名所図会」や「新撰東京名所図会」にも像の記載があり、江戸時代からこの辺りの名所だったことが分かります。

銅造釈迦如来坐像
銅造釈迦如来坐像


東京都台東区谷中7-14-8
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