烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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新勝寺境内

 歴史ある成田山新勝寺には様々な歴史的な建物が建立されています。

 新勝寺の総門を入って右手にある建物が「水行堂」です。水量豊かな大きな井戸があり、そこで水行をするそうです。
 建物脇に「二宮尊徳翁開眼の地」という碑があります。かつて多くの小学校に建てられていた「二宮金次郎像」で知られる江戸時代後期の農政家で思想家の二宮尊徳は小田原出身で、奉公先の小田原藩家老・服部家の財政建て直しを成功させた事から、その才能を見込まれて小田原藩主大久保家より分家の旗本・宇津家の知行所である下野国桜町領(現在の栃木県真岡市)に赴任し農村復興を任せられます。しかし、内外の妨害により行き詰った尊徳は突然、行方不明となりますが、この時、成田山新勝寺に参拝し、水行堂にて断食水行を行い開眼。見事、桜町領の復興を成し遂げたとの事です。

新勝寺水行堂
水行堂

 新勝寺の三重塔は正徳2年(1712)年に建立された重要文化財です。塔内には大日如来を中心に五智如来が奉安され、周囲には「十六羅漢」の彫刻がめぐらされています。塔の華やかな彩色は昭和58年の修復工事により施されたものですが、これは享和3年(1803)の古文書に記された漆塗・彩色の仕様をもとに復元されたものだそうです。

新勝寺三重塔
三重塔

 一切経堂は享保7年(1722)に建立され、幾度となく修復を繰り返しています。堂内の輪蔵には、約2千冊の一切経が納められています。入口の額は、「寛政の改革」で知られる松平定信公の筆によるものだそうです。

新勝寺一切堂
一切堂

 新勝寺の鐘楼は、元禄14年(1701)に建立され、その後、幾度も修復され現在に至っています。1月1日0時に除夜の鐘が鳴らされると、新勝寺では「元朝大護摩供」の祈祷が行われます。

新勝寺鐘楼
鐘楼


成田市成田1
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