烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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養福寺と文人たち

 西日暮里の養福寺は真言宗豊山派寺院の寺院で、補陀落山観音院と号します。湯島円満寺の木食義高(享保3年没)によって中興されました。
 境内にある赤い仁王門は、宝永年間(1704~1711)の建立と伝えられ、門の裏側には広目天、多聞天の二天王像が安置されています。養福寺にあった江戸時代の建物のほとんどは第二次世界の戦火により失われましたが、仁王門は焼失を免れ現代にその姿を伝えています。

養福寺仁王門
養福寺仁王門

 江戸時代に名所として知られた「日暮里」(ひぐらしのさと)へは多くの文人たちが訪れています。
 養福寺には「梅翁花樽碑」「雪の碑」「月の碑」などの「談林派歴代の句碑」(区指定文化財)など様々な文人の碑が建立されています。
 談林派は江戸時代前期の俳人・連歌師である西山宗因を祖とする俳諧の一派で、浮世草子作者でもある井原西鶴も宗因に師事していました。
 談林派歴代の句碑の内、雪の碑は文化5年(1808)に建立され、その他の碑は、井原西鶴の百回忌を記念して寛政4年(1792)に建立されています。

梅翁花樽碑(中央)と月の碑(右)
梅翁花樽碑(中央)と月の碑(右)

菱形標石
菱形標石

雪の碑
雪の碑


荒川区西日暮里3丁目3-8
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