烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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荏原神社

 東京都品川区北品川にある荏原神社は和銅2年(709)に、奈良の丹生川上神社より高龍神(龍神)の勧請を受けて創建されたと伝えられています。長元2年(1029)に伊勢神宮より豊受大神・天照大神を勧請。宝治元年(1247)に京都八坂神社より牛頭天王を勧請し、古くから品川の龍神さまとして、源氏、徳川、上杉等、多くの権力者たちの庇護を受けてきました。
 その間、貴船社・天王社・貴布禰大明神・品川大明神と名称が変わり、明治8年に、旧荏原郡(品川、大田、目黒、世田谷)の中で最も由緒のある神社であったことから荏原神社と改称し現在に至ります。
 現在の社殿は弘化元年(1844年)のもので、神殿に掲げる荏原神社の扁額は三条実美によるものです。

荏原神社
荏原神社

 荏原神社で6月に行われる例祭は「天王祭」と呼ばれています。
 品川沖の海面から牛頭天王の面が発見されたことに因んだもので、天王洲沖で神面をつけた神輿が海に入る「御神面海中渡御」が行われます。「天王洲」の地名の由来となっています。
 牛頭天王が水神であることから、「天王祭」は参加者をかっぱになぞらえ、「かっぱ祭」とも呼ばれています。

荏原神社境内
荏原神社境内

 東海七福神の内、荏原神社は恵比寿様が祀られています。「恵比寿」は、「戎」「夷」とも書き、イザナギ・イザナミの第3の子ヒルコであると言われています。海上・漁業・商売の守り神で、鯛を釣り上げる姿と愛敬のあるエビス顔で親しまれています。

恵比寿像
恵比寿像

 明治元年に明治天皇は江戸へ東幸され江戸は東京と改められます。江戸入りの前日に明治天皇は品川宿本陣に一泊されますが、この時荏原神社が内侍所奉安所となります。
 内侍所奉安所とは三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)を安置する場所です。翌年の御再幸の際にも内待所奉安所にあてられています。

明治天皇御東幸内侍所碑
明治天皇御東幸内侍所碑

 荏原神社鳥居前の目黒川に「鎮守橋」が架けられています。
 目黒川の川筋が変わったため、南品川より荏原神社への参道が必要となり昭和三年(1928)に架けられた橋で、コンクリートの橋ですが、神社の橋らしく橋柱には青銅製の擬宝珠がつけられています。

鎮守橋
鎮守橋

旧鎮守橋の橋柱
旧鎮守橋の橋柱(荏原神社境内)


東京都品川区北品川2-30-28
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| 幕末・明治維新 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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