烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

御殿山下台場跡

 嘉永6年(1853)、アメリカ合衆国のペリー提督率いる黒船が来航し、日本へ開国を要求すると日本中が大騒動となり、幕府は防衛のために全国に台場(砲台)を造らせます。
 江戸では品川沖から深川洲崎にかけて11ヶ所に台場が造られることになります。伊豆韮山代官・江川太郎左衛門の指揮のもと、五ヶ所の台場が完成しますが、資金難により以降の建設が中止されてしまいます。その代わりに陸地に造られたのが「御殿山下台場」です。明治になり「御殿山下台場」は埋め立てられて姿を消しましたが、現在の台場小学校の敷地が台場の半分の面積を占めているそうです。
 台場小学校の校門の脇に発掘された台場の石垣を使った記念碑があります。記念碑の上に立つ灯台は、明治3年に日本で3番目の洋式灯台として第二台場に造られた品川灯台を模したものだそうです。

御殿山下台場跡

品川区東品川1-8-30 台場小学校

スポンサーサイト

| 幕末・明治維新 | 07:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。