烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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権現山公園 英国公使館焼き討ち事件現場

 東京の品川の御殿山は江戸時代に将軍家の品川御殿があったことからその名が付いたと言われています。元禄15年(1702)に御殿が焼失すると跡地に桜が植えられ、以降、桜の名所として親しまれていました。
 幕末期には黒船を打払うため台場の建造が始まり御殿山の土砂が切り崩されて使用されたため地形がかなり変わったといわれています。
 安政5年(1858)に日米修好通商条約が締結されると幕府はアメリカ以外の西欧諸国とも同様の条約を結び江戸に各国の領事館が出来ます。イギリスは安政6年に高輪の東禅寺に領事館を開設し、その後、公使館としますが、文久元年(1861)の水戸浪士による襲撃、及び、翌年の警備にあたっていた松本藩士によるイギリス兵斬殺事件が発生し、幕府により御殿山への移転が決定します。しかし、公使館完成直前の文久2年(1863)に長州藩の高杉晋作や久坂玄瑞らによる「英国公使館焼き討ち事件」が発生し移転は断念されました。
 建設途中であったイギリス公使館跡地は現在の「権現山公園」あたりであったと考えられています。
 御殿山はその後、鉄道敷設により切り通しが造られ現在は山手線や東海道新幹線が通り、桜の名所であった当時の面影は残されていません。

権現山公園
権現山公園

 権現山公園から山手線や東海道新幹線を見下ろす事が出来ますが、その脇に墓地があります。そこは東海寺の大山墓地です。東海寺は沢庵和尚に帰依した三代将軍徳川家光が和尚を江戸に留まらせるために創建した寺で、大山墓地には沢庵和尚の墓があります。また、囲碁史においても初代安井算哲の息子・二代目安井算哲こと、初代天文方・渋川春海の墓があります。

権現山公園から見下ろす東海道新幹線
権現山公園から見下ろす東海道新幹線


東京都品川区北品川3-9-5
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| 幕末・明治維新 | 07:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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