烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

源頼朝の御所 大蔵幕府跡

 鎌倉に入った源頼朝は鶴岡八幡宮の東、雪ノ下の地に御所を建てて幕府を開きます。最初に平安時代の貴族の屋敷のような寝殿造りの建物を建て、その後、侍所、公文所、問注所などの役所を作って幕府の形を整えたそうです。以来、3代将軍実朝の時代まで約40年近く幕府が置かれていました。
 現在周辺は住宅街となっていて大倉幕府跡の碑が清泉小学校の南西の端に建っています。石碑からすぐ近くに位置する大倉山には源頼朝公の眠る墓があります。
 大蔵幕府の敷地は,東西約270m,南北約220mと推定され,東西南北に門が設けられていたといわれています。現在,西御門と東御門の跡に碑が建てられています。

大蔵幕府跡
大蔵幕府跡

大蔵幕府跡の碑
大蔵幕府跡の碑

東御門跡
東御門跡

西御門跡
西御門跡


大蔵幕府跡の碑:清泉小学校(神奈川県鎌倉市雪ノ下3丁目11−45)
東御門跡の碑:清泉小学校北西角の交差点(西御門2丁目8−10および県鎌倉市二階堂53付近)
西御門跡の碑:横浜国立大学教育人間科学部 附属鎌倉中学校北東角
            (雪ノ下3丁目5、神奈川県鎌倉市西御門2丁目1−11の道向)

スポンサーサイト

| 鎌倉時代 | 08:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。