烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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東勝寺跡と腹切りやぐら

 東勝寺は、かつて鎌倉市葛西ケ谷にあった寺院で、嘉禄元年(1225)に三代執権・北条泰時が北条一族の菩提寺として建立しました。
 元弘3年(1333)に新田義貞の軍勢が鎌倉へ攻め込むと十四代執権・北条高時らは東勝寺に篭もり自ら火を放ち自刃します。一族、家臣合わせて870名も運命を共にしたと言われ、ここに150年近く続いた鎌倉幕府は滅亡の時を迎えたのでした。
 その後、東勝寺は再建されますが、やがて衰退し廃寺となります。東勝寺跡は昭和50年以降、何回か発掘調査が実施され、礎石などの遺構を発掘。宋・元代の獣足青磁香炉や天目茶碗、古瀬戸の壺などが発掘され平成10年(1998)年に「東勝寺跡」として国の史跡に指定されています。

東勝寺跡
東勝寺跡

 東勝寺跡を更に進むと「腹切りやぐら」と呼ばれる洞窟があります。「やぐら」とは鎌倉周辺で鎌倉時代から室町時代にかけて作られた、横穴式の納骨窟または供養堂で、あくまで伝承ですが最後の執権・北条高時は、ここで自刃したと言われ供養塔が建立されています。

腹切りやぐらへと続く道
腹切りやぐらへと続く道

東勝寺跡の碑
東勝寺跡の碑

腹切りやぐら
腹切りやぐら


神奈川県鎌倉市小町3丁目
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