烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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一乗寺下り松

 一乗寺下り松とは、京都市左京区花ノ木町にある松の木であり、現在の松は大正時代に植えられた四代目だそうです。
 平安時代の昔から交通の要衝にあり、旅人の目印として植えられた松で、南北朝時代頃までこの地にあった一乗寺にちなんで名付けられたそうです。




Imag3571
一乗寺下り松


 一乗寺下り松は、江戸時代初期に、剣豪・宮本武蔵が吉岡一門数十人と決闘を行った場所としても知られています。
 武蔵は、生涯で60回以上真剣勝負して一度も敗れなかったといわれています。
 21歳の頃、武蔵は京都の名門吉岡道場で試合し当主の清十郎を破ります。その後、兄の敵を討つため、弟の伝七郎が対戦しますが武蔵に木刀で撲殺されます。
 面目をつぶされた吉岡一門は、清十郎の子、幼い又七郎を名目人に立て「京都一乗寺下り松」での決闘を申し込みます。この時、吉岡一門は、弓、鉄砲も携えた数十人の門弟たちを潜ませ遺恨試合に臨みますが、武蔵は背後の山腹から山道を駆け下り、一気に幼い又七郎を斬り、混乱する吉岡一門を倒しながら逃げ去ったと言われます。



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宮本 吉岡 決闘之地碑


 「宮本 吉岡 決闘之地」碑に隣接して「大楠公戦陣蹟」碑が建立されています。一乗寺下り松は鎌倉幕府崩壊後、「建武の新政」での処遇に不満を持った足利尊氏が反乱を起こした際、迎え撃った楠木正成が陣を張った場所だそうです。
 この戦いで正成は勝利し、足利尊氏は九州まで敗走しますが体制を立て直し再侵攻。そして正成は再戦で敗れ討死。尊氏は室町幕府を開くこととなります。




Imag3572
<楠公陣地跡


京都府京都市左京区一乗寺花ノ木町



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