烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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宮島の史跡

宮島を歩き回っていると、厳島神社以外にも様々な史跡が点在しています。

 林家は古くから厳島神社の神職をつとめ、朝廷の差遣使の代参をつとめて上卿とよばれていました。
 現在の建物は元禄時代のもので、国の重要文化財に指定されています。

上卿屋敷(林家住宅)
上卿屋敷(林家住宅)  廿日市市宮島町滝町235

 江戸時代の厳島神社の管理運営は棚守・座主・大願寺により行われていました。棚守は神職として神事を行い、自らも舞楽を舞っていたそうです。
 棚守屋敷は広島藩主が宮島に参拝する時の宿泊所として使われ、邸内には能舞台もあったと言われています。

棚守屋敷跡
棚守屋敷跡  廿日市市宮島町242−1

 江戸時代に広島藩は宮島へ奉行所を置いていました。現在でいう市役所と警察署を兼ねた組織です。奉行所のあった場所は明治以降、宮島町役場となりましたが、現在は廿日市市と合併して市役所の支所となっています。

宮島奉行所跡
宮島奉行所跡  廿日市市宮島町412 廿日市市役所宮島支所

宮島奉行所跡碑
宮島奉行所跡碑

 宮島奉行所跡の脇から石段を上ると、「塔の岡」と呼ばれる場所に出ます。五重塔が近くにあるので、そう呼ばれています。
 この場所は弘治元年(1555)に毛利元就と陶晴賢が戦った「厳島の戦い」の古戦場です。陶晴賢は毛利方の支配する宮尾城を攻撃するために、この岡に陣を張りますが、元就は夜半の暴風雨に乗じて宮島へ上陸。翌朝未明に急襲し陶軍を打ち破ったそうです。

塔の岡
塔の岡  廿日市市役所宮島支所隣接
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