烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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多宝塔と勝山城跡

 厳島神社宝物館のすぐ隣りに「多宝塔」へ上がる石段があります。
 厳島神社西の丘にある高さ15.6mの多宝塔は、大永3年(1523)に建立されたと伝えられてます。
 当初は薬師寺如来が祀られていましたが、神仏分離により明治以降に大願寺に移されています。

多宝塔への登り口
多宝塔への登り口

多宝塔
多宝塔

 多宝塔前の広場の一画に「勝山城跡」の碑があります。
 勝山城は大永年間(1524年頃)、大内義興により築かれたと言われています。
 天文20年(1551)、大内家家臣の陶晴賢が「大寧寺の変」で大内義隆を討ち大内氏の実権を握ります。
 そして、対立していた毛利元就が支配下においた宮島の宮尾城を攻略するために天文24年(1555)に晴賢が上陸し勝山城に本陣を置きます。こうして始まった「厳島の戦い」で陶晴賢は敗れ自害へと追い込まれ、毛利元就は中国地方の覇者へと登り詰めていくのです。
 陶晴賢が勝山城に陣を敷いた頃には多宝塔はすでに存在していた事から晴賢も多宝塔を眺めていたのでしょう。

勝山城跡
勝山城跡の碑

宮島の景色
城跡から眺める景色

広島県廿日市市宮島町
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| 戦国時代 | 06:28 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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