烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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小林鉄次郎邸跡

 明治16年に方円社が発行した「囲碁等級録」に第4級 小林鉄二郎 芝区兼房町12番地」とあります。村瀬秀甫が2級、中川亀三郎が3級ですので、それに続く実力者となります。



 小林は井上松本因碩の門人で明治6年26歳の時に5段へ昇進。明治12年に家元側も参加して発足した方円社では中心人物として理事長に就任しました。



 方円社では間もなく師匠の因碩も含めた家元側が脱会しますが、小林は秀甫に引き止められます。小林は経営の才覚があり方円社が発展していったのは、彼の功績にによるものが大きいと言われています。反面、経営に専念するあまり戦績は伸び悩んでいます。



 明治24年に師匠の井上松本因碩が亡くなるとその後継に推される動きがありましたが方円社の経営に専念するために辞退したそうです。



 俳人としても名を知られ、明治26年に脳溢血で亡くなる数日前に蜂須賀侯爵邸で行われた句会で詠んだ句。「長月の月は長かれ菊の花」が時世の句となっています。



 「囲碁等級録」に記された住所は現在の港区新橋2丁目13−8「新橋東和ビル」(西安料理 刀削麺・火鍋XI’AN 新橋店入居)のあたりです。




Dsc_0879



「囲碁等級録」(明治16年・方円社)に記された場所



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